
福岡で開かれた出版講演会のあと、ささやかな食事会があった。
その席で、ある方がミヒロくんにこう尋ねたらしい。
「奥さんの、好きなところはどこですか?」
あらためて言葉にしようとすると、するりと逃げていく。
でも、その質問への答えは、ミヒロくんの中ではもう決まっていた。
箱根の夜、その「答え合わせ」をする、という夫婦の会話。
出典:ポッドキャスト「ライフトラベラーカフェ」
cafe.235 お互いのどこが好き?
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1. 「特に、聞きたいことはない」という安心
そもそも、この回のテーマは「お互いに質問してみたいことを聞いてみる」だった。
でも、わたしの答えはこうだった。
「特にない」
冷たく聞こえるかもしれないけれど、そうじゃない。
普段から、聞きたいことはそのとき聞いている。
気になることを溜めずに、その場で渡し合っているから、あらためて「質問」として残っているものがない。
聞きたいことがない、というのは、ちゃんと聞けている、ということでもあるんだよね。
あなたが大切な人に、いま「聞けていないこと」はある?
2. 「好きなところは?」——全部です
食事会で、わたしも同じことを聞かれていた。
「ミヒロさんの、好きなところはどこですか?」
わたしの答えは、いつもひとつ。
「全部です」
そう言うと、みんな決まって「えーっ」とびっくりする。
「それ、本気で言ってるの?」「全部ってことはないでしょう」って。
でも、簡単だから言っているわけじゃない。
本当に、全部なんだよね。どこか一か所を選ぶ、という感覚のほうが、わたしにはむずかしい。
あなたが「全部好き」と言える人や物事は、何?
3. 「嫌いなところは?」——ありません

続けて、こうも聞かれた。
「では、嫌いなところは?」
わたしの答えは「ありません」。
そう答えると、相手の方はまた、すっかり立ち往生してしまっていた。
「嫌い」という言葉が、わたしにはあまりピンとこない。
嫌なところ、心配なところ、ならまだ考えられるかもしれない。
でも「嫌い」は、直感的に、ない。
無理して「ない」と言っているのではなくて、探しても出てこないという感覚に近い。
あなたにとって「嫌い」と「嫌」は、どう違う?
4. 答え合わせをしたら、ふたりとも同じだった
食事会では、こんな質問もあった。
「奥さんが思う、ご主人の嫌いなところはどこだと思いますか?」
その答えも、箱根で確かめてみた。
ミヒロくんに「わたしの嫌いなところは?」と聞いてみると、やっぱり「ない」。
嫌いって何だろう、と一緒に考えても、ふたりとも同じところに行き着く。
「嫌いはないんじゃない?」
だから、わたしが食事会で答えた「ミヒロくんにも嫌いはないと思う」は、ちゃんと正解だった。
それ以上、いろいろ言葉を足すと、かえって正解じゃなくなってしまう気もして。
言葉を足さずに、そのまま受け取りたい関係は、どれ?
5. AIの提案より、自分たちの体験がしっくりくる

じつはこの回、AIに「お互いに質問してみたいこと」を相談してみた。
10項目くらい、いろんなテーマを提案してくれた。
視点としては、すごくありがたい。
でも、わたしたちはどれもしっくりこなくて、結局ぜんぶ却下してしまった。
面白いかどうかは、結局のところ主観的なもの。
そして、いちばん自然に話せるのは、自分たちが実際に体験したことなんだよね。
福岡で聞かれた、あの素朴な質問。
あれを箱根で答え合わせするほうが、どんなテーマよりもずっと、ふたりらしい会話になった。
あなたが「いちばんしっくりくる」のは、誰かの正解?それとも自分の体験?
まとめ
「好きなところは、全部」
「嫌いなところは、ありません」
即答できるこの関係は、特別な努力で作ったものではなくて、聞きたいことをその場で渡し合ってきた、日々の積み重ねの先にある気がする。
溜めない。
ジャッジしない。
足しすぎない。
そうしていると、「嫌い」を探すこと自体が、だんだん必要なくなっていく。
あの方は、本当は何を知りたかったんだろう。
もしかしたら、ただ聞いてみたかっただけかもしれない。
でも、その素朴な問いのおかげで、わたしたちは「好きなところは全部」を、もう一度ちゃんと確かめることができた。
あなたなら、大切な人の「好きなところ」を、なんて答えるだろう。
