私たちは主観で生きています。
その主観は今までの経験に基づいて出来上がっています。過去の体験や知識によって、正しいことと正しくないことの判断をします。

1. お互いの主観が異なっていてもかまわない
同じ出来事でも、国が違えば正しいことにもなるし正しくないことにもなります。
時代が違えば、昔正しくなかったことも、今は正しいことになります。
昨日まで正しかったことが、今日は正しくないという出来事も起こります。
主観の奥には、事実や出来事があるだけで、その事柄自体には何の意味もありません。その事実に対して、自分が過去の経験から意味づけしているだけなのです。
人と意見が合わない、価値観が違いすぎる、と感じることはお互いの「意味づけ」が同じではないという状態です。
でも、お互いの主観が異なっていてもかまわないのです。
いろいろな考え方がある。
いろいろな人がいる。
フラットな状態で人と接することで、良好なコミュニケーションを築くことができます。
そのために必要なのは「主観をできるだけ取り除き、事実を見つけること」なのです。なぜならば、主観がある限り偏った言葉を使ってしまうからです。
2. 人はコントロールされると反発する

たとえば、登校拒否をしている子どもと話をする場合。
親が「学校には行くべきだ」という主観を持っていたとすると、こんな質問をしてしまいます。
「なんで学校に行かないんだ?」
これは、理由を問いただすための尋問ですね。
こう聞かれると、行かない理由行きたくない理由である「言い訳」を答えてしまうのです。
あるいは、うまく言えない言いたくない、と黙ってしまうかもしれません。行きたくない理由は、今現在、本人の力だけでは変えられないことかもしれません。
学校に行くべきという主観のまま対応すると、こんな言葉が出てしまいます
「ちゃんとしなさい」とか「甘えるんじゃない」とか「わがままだ」とか「みんな我慢しているのだから」とか「学校でしか学べないものがあるのだから」など。
親としてその子を「矯正」しなければ、という流れになってしまいます。
これは、相手を誘導していることになります。
子どもに選択の自由がなく、親の思う通りにコントロールしたいという状態です。
しかし、人はコントロールされると反発します。
コントロールは逆効果なのです。
相手が本当の答えを見つけることをサポートしたいと思うなら、あなたの主観は一度手放しましょう。
事実だけを見て、質問することが大切です。
3. 主観を外して質問する

先の例で言えば、事実は、「その子は、今日は学校には行っていない」という状態。そのこと自体に、いい悪いはないのです。
その子には、行きたくない理由があるはずです。
でも、学校に行くべきだというゴールに向けて誘導するような質問をしたら、答えたくなくなります。
「何を言っても無駄だ。結局この人は自分が何を答えようが学校に行かせたいのだから」
「話を聞いてくれる気はないんだ。思い通りに動かしたいだけなんだ」
と感じます。
だからこそ、主観を外して質問することが大事です。
たとえば、
「どんな気持ち?」
という質問で、相手の今の状況や今の心情を話させてあげる。
学校に行きたくない状態などの理由を口にしてもらいます。
「学校に行くかわりに、今何をしたい?」
という質問で、もっとワクワク取り組めることにフォーカスするなど。
学校に行っていない、という事実だけを取り出します。
そして、正しいかどうかはさておき、目の前の相手の状況や、どうなったらいいかを聞きましょう。
自分の主観を捨て、事実だけを見て質問をすると、実りある答えが返ってきます。
そこにはどんな事実がありますか?

はるちゃん says
今まで自分がトライしたことのない仕事がある。
うまく行くかどうかは分からない。
うまく行く可能性はある。
その仕事で成功している人たちは、生き生きしている。
その人たちのように、人生を変えたいと思っている。
mackin says
そこにはどんな事実がありますか?
→その人の内側にあった、本当の気持ち・想い
ありがとうございます^_^
齊藤 香織 says
それぞれの答えがある。
全て正解。