
富士山って、不思議だ。
「登った」わけじゃなくても、ただ“見える”だけで、心の温度が変わる。
去年は、せっかく行ったのに曇りで見えなかった。
山形から来た家族の期待も乗っていて、こちらは毎日お祈りモード。
だから今年は、リベンジ富士山旅。結果、最初から最後まで、息をのむくらい綺麗だった。
でもね。今回いちばん心に残ったのは、富士山そのもの…というより、
富士山の前で露わになった「人生のエッセンス」だった。
出典:ポッドキャスト「ライフトラベラーカフェ」
cafe.216 ただ、一緒にいるだけがしあわせ
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1. 願いは、叶った瞬間より「一緒に見れた瞬間」に宿る
去年の曇りは、悔しいというより切なかった。
「見せたかった人に見せられない」って、こんなに胸がくしゃっとなるんだなって。
今年、富士山が現れた瞬間の歓声は、もはや観光じゃなくて儀式。
誰かの「見たい」が叶うと、自分の中の何かまでほどけていく。
大きな景色は、実は“景色そのもの”より、
その景色を共有した事実のほうが、後から効いてくる。
あなたが「これを見せたい」と思い浮かべる顔は、誰ですか?
2. 気合いを抜いたほうが、時間は深くなる
去年は「人生最後のつもり」だった。
体調のこともあって、1秒1秒を噛みしめていた。
今年は2回目。だからか、気合がいい意味で薄まっていた。
安全に、快適に、完璧に…と肩に力が入りがちな家族旅で、“ゆったりお茶を飲む”“ゴロゴロする”が、ちゃんと旅の中心になった。
頑張ると達成感は増えるけど、力を抜くと、余韻が増える。
最近あなたが「気合いを抜いたら、うまくいきそう」なことは何ですか?
3. 「せっかく」を手放すと、思い出は増える

家族が山形から来てる。遠出は貴重。
だから本来なら「ここでしか食べられない名物を…!」ってなる。
でも今回、なぜかモス。
車内でポテト、シェイク、ドライブスルー。ピクニックみたいで、妙においしい。
しかも旅は、モスで始まり、モスで締まった。(この締まり方、好き)
「正解の選択」じゃなくて、「そのとき食べたい」が採用されると、旅は急に“生活の延長の幸福”になる。
あなたの人生で、思い出を作ったのは「正解」でしたか?それとも「なんか好き」でしたか?
4. 楽しみは、体を前に進める
出発前、家族は風邪をひかないように気をつけていた。
ジムのプールを1ヶ月前からやめる人までいた。
この話、すごく人間らしい。
人は「気合い」だけじゃ動けないけど、“楽しみ”があると、体が勝手に整い始めることがある。
頑張る理由より、会いに行く理由。
我慢する決意より、行き先のワクワク。
健康も、気力も、案外そこに引っ張られる。
いまのあなたにとって「体を整えたくなる予定」は何ですか?(小さくてOK)
5. 一緒にいるだけで、人は栄養をもらう
旅の途中で気づいた。
ミヒーの“くだらないことを一日中言う感じ”、お父さんの遺伝子だった。
「山形のビートたけし」って呼ばれてた話まで出てきて、腑に落ちる。
家族の会話は同時進行で交差して、カオスなのに成立する。
それは「情報交換」じゃなくて、生存確認みたいな会話なのかもしれない。
そして最後に残った実感はこれ。
家族旅行の価値って、観光地じゃなくて、“一緒にいる”という事実そのものが、互いの栄養になること。
あなたが「会うだけで元気になる人」は、誰ですか?
その人に次いつ会えそうですか?
まとめ

リベンジ富士山旅で拾ったのは、絶景だけじゃなかった。
- 願いは「共有」された瞬間に深くなる
- 気合いを抜くと、時間は豊かになる
- 「せっかく」を手放すと、思い出が増える
- 楽しみな予定は、人を元気にする
- 一緒にいること自体が、人生の栄養になる
富士山は、ただそこに立っているだけなのに、こちらの暮らし方を映してくる。
あなたの次の旅は、どこでもいい。
大事なのは、誰と、どんな力加減で、何を一緒に見たいか。
リベンジ富士山旅で拾ったのは、絶景だけじゃなかった。
- 願いは「共有」された瞬間に深くなる
- 気合いを抜くと、時間は豊かになる
- 「せっかく」を手放すと、思い出が増える
- 楽しみな予定は、人を元気にする
- 一緒にいること自体が、人生の栄養になる
富士山は、ただそこに立っているだけなのに、
こちらの暮らし方を映してくる。
あなたの次の旅は、どこでもいい。
大事なのは、誰と、どんな力加減で、何を一緒に見たいか。
よかったらコメントで教えてくださいね。
あなたにとっての「旅のエッセンス」は、何でしたか?








