
伊東に来ました。
なぜか、何度も来ている町です。大きな観光名所があるとか、知り合いがたくさんいるとか、そういう“分かりやすい理由”があったわけじゃないのに。気づけば、何度も足が向く。
ご縁のある場所って、たぶんこういうふうに増えていく。
今回の伊東には、はっきりした目的がひとつありました。
昔連れてきてもらったお寿司屋さん。ミヒロくんのお父さんの修行仲間の大将のお店。もうお店は閉じてしまったけれど、奥さまがそこに暮らしていて、大将の写真とお酒とお花があって、誰でも挨拶できるようにしてくれていた。
そこで聞かせていただいた話が、映画みたいで。泣きながら、心の奥がほどけていくのを感じました。
そして伊東の町を散歩して、お茶屋さんでグリ茶のおしるこを飲み、老舗のご夫婦が営むお菓子屋さんで言葉を交わす。
この町は、派手じゃないのに、心がぽかぽかしてくる。
出典:ポッドキャスト「ライフトラベラーカフェ」
cafe.215 鮨屋で泣いた話
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1. 理由はあとから「ご縁」になる
何度も来ている町って、振り返ると不思議だ。
最初は特別な理由なんてない。なのに、タイミングが合って、気づけばまた来ている。
そうやって積み重なるうちに、「ここにはご縁がある」と分かるようになる。
ご縁って、最初から説明できるものじゃない。
説明できないけれど、足が向く。心が戻る。会いたい人がいる。
人生の大事なものは、いつも“あとから輪郭が出る”。だから、言葉にできない引力を、無視しない方がいい。
理由は説明できないのに、なぜか足が向く場所(人・店・町)はどこ?
そこに私が受け取りたいものは何?
2. 愛は「最後の準備」にまで宿る
奥さまが語る「お父さん」の話は、愛情がにじんでいた。
呼び方ひとつに、何十年分もの温度が入っている感じ。聞いているだけで泣きそうになるのは、言葉の内容より、その言い方に“生”があるからかもしれない。
胸に残ったのは、大将が亡くなる前に、奥さまが大変にならないように、葬儀のことまで細かく指示していた話。
友達も親戚も呼ぶな。近くだと人が来て大変になるから遠い場所で。
自分がいなくなった後の「手間」を、先に減らしておく。
愛って、ロマンチックな瞬間だけじゃない。むしろ、こういう現実的な配慮に、いちばん濃く宿ることがある。
私が大切な人に渡したい“愛のかたち”は?
3. 「美味しい」だけで握る人は、人を残す

大将の寿司を握る動機は、ただ「美味しいって言ってもらうこと」だった。
お金とか、名声とか、そういうものを動機にしていない。
そのシンプルさは、ミヒロくんのお父さんにも似ているという話が出て、私は妙に腑に落ちた。
結果として、大将は「お金」は残さなかったかもしれないけれど、家族と家と、そして“いいお客さん”を残した。
お店がなくなっても、遠方からお客さんが奥さまに会いに来る。飲みに来る。ご飯を食べに来る。
これは、商売の成功というより、「人としての信頼」が遺っているということだと思う。
仕事や日々の営みで、いちばん大事にしたい“動機”は何?
4. 名を広げるより、関わりを深める生き方がある
雑誌に取り上げられるような時も、「名前を出さないでほしい」と言っていたという話が印象的だった。
今の時代は“いかに知ってもらうか”に寄りがちだけど、そこを目標にしない生き方も、確かにある。
認知を上げることが悪いわけじゃない。
でも、すでにそこにいてくれる人たちとの関わり合いを、自然に、丁寧に、続ける。
その姿勢が長い時間をつくり、最後には“街の輪”みたいなものになって、誰かの孤独をほどいていく。
人は一人じゃない。
そう思える心が開いているから、人が声をかけてくれる。助け合いが生まれる。
温かい関わりが、健康法にも、生きがいにもなる。今日の伊東は、それを見せてくれた。
これから「広げる」よりも「深めたい」関わりは?
5. 町の小さな店は、世界の優しさの縮図

伊東の町を少し散歩して、いつも立ち寄る椿油屋さん(今日はお休みだったけど)。
お茶屋さんでグリ茶のおしるこを飲んで、老舗のご夫婦がやっているお菓子屋さんで、いろいろ話して、たくさん買う。
初めて会った人なのに、心が温かくなる関わり合いがある。
それは、特別に仲良くなるというより、「人と人が、ちゃんと目を合わせる」みたいな感覚。
10代の頃、山形で暮らしていた時の距離感を思い出して、懐かしくなったのもきっとそのせいだ。
世界中どこに行っても、こういう瞬間はある。
だからこそ、私はこの“温かい交流”を大事にしていきたい。
そして、受け取った分だけ「運の光玉を置いていく」みたいに、こちらも何かを残して帰りたい。
誰かの心に“あたたかいもの”を置いていくとしたら、何がしたい?
まとめ
伊東は、派手な観光地というより、心の温度を思い出す町でした。
亡くなった大将のいるお寿司屋さんで、愛の深さを聞き、奥さまの暮らしの中に残る“人の輪”を見て、お茶屋さんやお菓子屋さんで、初対面でも通い合える温かさを受け取った。
お金は大事。だけど、つながりも同じくらい大事。
そして、最後に残るのは案外、目に見えない方なのかもしれない。
伊東から持ち帰ったのは、
「私は何を残して生きたい?」という静かな問いでした。