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人は失敗した方がいい。マウイハレアカラ登頂を3000回、山内良和さんインタビュー

2019年9月19日

『マウイのハレアカラの山にサンセットと星を見る体験をする』ガイドを続けて15年。

続けるコツ、そこから見出した楽しさという貢献、人間の小ささと輝き、人とのつながり、チャレンジすることと成功を恐れる考え方、パートナーシップ。

自然という生物と向き合い続けてきた山内さんの言葉には、人としての尊厳を思い出させる力があります。それは長い時間、自分と対峙し続けて生まれた言葉なのかもしれません。

シンプルに、自然に生きる!
迷ったとき、自分の道を選択したいとき、思考をリセットしたいときなどにオススメな山内良和さんのインタビューです!

山内 良和
CPR免許救急救命士・
The Planetary Society (TPS)
アメリカ天文惑星協会会員
天体専門ガイド

  

1. 15年で3000回登頂続けるコツは??

マツダミヒロ(以下、ミヒロ):山ちゃんにラジオのインタビューに出てもらったのは、結構前ですよね?

山内 良和さん(以下、山ちゃん): 1年半・・・2年くらいなるかもしれないですね。

ミヒロ:いや、もっと前・・・3年以上前になるような気がします。

山ちゃん:ホントですか?!

ミヒロ:あのラジオの反響はありましたか?

山ちゃん:ありました。ラジオを聞いて来てくださったお客さんも結構多く、詳細をミヒロさんが話してくださったので、とっかかりが早かったんです。
「こういう方だな」と知って接してくださり、しかもミヒロさんの信用の流れで来てくれたので、最初から心を開いてくださり、とても良かったと思います。

ミヒロ:今のお仕事は、マウイのハレアカラの山にサンセットと星を見る体験をするガイドですよね?

山ちゃん:そうです。
3000メートルを自分で登るのはかなり大変で、しかも慣れていない運転で防寒もなくて、上に上がっていくのはちょっと厳しいと思います。
そして3000メートルなので、ゆっくりと行かないと高山病にもなってしまいます。その手助けを最初から行うことで、高山病になることは99%ありませんので、初めはツアーで行かれた方がいいと思います。

ミヒロ:なるほどね。
今日聞きたいと思っていたことなんですが、何回ハレアカラに登られたんですか?

山ちゃん:キッチリと数えてはいないのですが、もう15年になるので3000回は登っていると思いますねぇ
以前は週に7回行っていたので。

ミヒロ:(笑)毎日じゃないですか!

山ちゃん:向こうに家があった方がいいんじゃないか!ってほど行ってましたからね(笑)
今は、ハレアカラの規定で週5になったんですけど、体を休めるという点では良かったと思います。

ミヒロ:ハレアカラの規定がなかったら、今も週7で行くかもしれませんか?

山ちゃん:週8は行きたいんじゃないですかねぇ 午前、午後で(笑)
いやぁ・・・でも、週7が限界ですね。毎日3000メートル上がって下りるのは、毎日加圧運動していることと同じですからね。逆に言うと『健康』ですね!
3000メートルには、ウィルスみたいなものはないし。

ミヒロ:風邪ひかないって言ってましたよね?

山ちゃん:全然ひきません。3000メートルの方が体の調子が良かったりするので。多分、向こうに体が合ってるんでしょうね。
ちょっと大きめの高野山って感じですね(笑)あ、失礼ですね、すみません。

ミヒロ:続けるコツを知りたいと思うのです。
ぼくは続けることが元々苦手で、でも、『魔法の質問』を毎日10年くらい書いていたんですけど、それはただ10分くらい書くだけなので、山ちゃんの1日の活動に比べると全然足りないんですけど。

そもそも始めるときは、続けられると思ってやっていたんですか?

山ちゃん:逆に言うと、続けられるという気持ちがなくて、毎日楽しんでやっていたら・・・もう3000回になったのか!という感じですね。

ミヒロ:3000回ですよ!早くないですか!!!(笑)

山ちゃん:ビックリしますよね!(笑)
目的を持っちゃうと、それが終わったときにガッカリしちゃうんですけど、目的を決めないで、毎日 お客様の心に響く顔を見ているだけで『毎日が生放送』。
それが面白いかなと。
決まったものの答えが返ってこないし、そういった部分では生物を扱っている感じがあります。

ミヒロ:最初は100回、1000回とか、そういう目標は全然立てなかったんですか?

山ちゃん:全然なかったです。

ミヒロ:何年続けよう!とかも?

山ちゃん:全然なかったです。「とにかく、食べるために稼がなきゃ」ということが最初はあって、それからやっているうちに、日本のお客様は、悩み事を内に隠してあると気づくようになり、発散する場所になればと思いました。

『ただ大自然を観る』、『宇宙を観る』、『星を観る』ことで、自分の存在のちっぽけさをリアルタイムに感じて、変化していく顔を見ているだけでも楽しいと思いますね。

あの世界を観たことがある人は少ないと思うんですよね、3000メートルで星を観るということは。しかも、1時間半でパッと行けて帰れちゃうというのは手頃ですし、世界観も変えれますし、日本では味わえないものかな、という感じはします。

ミヒロ:続けるコツとしては、大きな目標は立てても立てなくてもどちらでもよくて、その1日を味わう、楽しむとか、そういうことがコツですか?

山ちゃん:そうだと思います。
毎日、毎日、千差万別のお客様がいらっしゃるのですが、基本的に星の下では『学歴』も『年功序列』もほとんどなくて、『平等』で話ができて、お互いに触れ合うことができるので、ニュートラルになる感じがします。

それで、自分の今までの体験談みたいなことを少し話しながら添うことで、原画が装飾画になっていくんです。それは作りものではなく自然なものだから、感動すると思いますね、ひとつひとつに。

2. 結局は「お互い人間だから」

ミヒロ:悩みを持った人というか、日本で一生懸命働いて、息抜きとかでハワイ旅行に来て、マウイの星を観るという人が多いと思うんですけど、先程の言葉を借りて言うと、「悩みを持ったままの状態でいる」という人は見て感じるんですか?

山ちゃん:あぁ、分かります。見てて。

ミヒロ:分かります?

山ちゃん:「あ、この人これで悩んでいるんだな」という感じが。
でも、それぞれにカンバセーションをしていくので、お客様同士も友達になりますし、日本に帰ってぼくの知らないところでオフ会をやったりとかも全然ありますし、変わっていきますよ。

見てくれのおっかない人が優しかったりする、面白いところもありまして(笑)
話していくうちに人間性がみんな出てきますし、最後は山頂でゼロになった状態で、みんなが平等の中で、あの星空を観ていると、自分の存在の小ささも分かる。そのひとつひとつのお手伝いをしているような感覚です。

ミヒロ:そのときに、気をつけていることとか、意識していることは、どんなことがありますか?

山ちゃん:まずは3000メートルなので、高山病にならないことですね。
いちばん最初にコーヒーを飲まれたり、食べ物を少しお腹に入れたりして、500メートル、1000メートル、2000メートルと上がっていきます。

15年やっていて、1人も高山病になった方がいらっしゃらないんです。

手法として、自分でレンタカーを借りて一気に上がって病気になるよりは、絶対にツアーが良いと思いますし、これはガイドとしてのテクニックなんですけど、風が吹いている方向などがあるんですね。A地点がダメだったらB、そこもダメならCという押さえがあるので、それが分からないと、ただ「寒い」で帰ってきちゃう。

天気だから見えないときも、見えるときもあるのですが、それを臨機応変に変えていけるというのは、長年の経験でもあり、そこには強いと思います。

ミヒロ:先程の、悩みがどんどん解決されていく、という点で、山ちゃんがお客様に関わるときに意識していることとか、関わり方というのがあるんですか?

山ちゃん:あります。
意味深のお客様もいらっしゃるし(笑)、余計に突っ込んではいけないというような部分もあります。

結婚されていない方とハネムーンのカップルが一緒だったりすることもありますので、そのあたりはある程度の気を遣います。

でも、結局は「お互い人間だから」、離婚もするし、結婚もするし、いろんな体験がある。それよりは自分の生き方、どうやって生きていくか、とか、ベクトルを固執するのではなく、もっと違うところに向けてくださいという感じにはしていますね。

ミヒロ:お客様から学んだ生き方についてなど、お客様と触れることで学んだことはありますか?

山ちゃん:ありますよ。
たとえば、1000メートルのクラロッジという所に寄って一呼吸置いたりするときなんですが、自分の年を言うと「あなたより10歳上なのよ、わたし」と言うように、もっと年上のアメリカ人の方で働かれている方も多かったりしますし、コンビニエンスストアを何店もされている方に「大変なことはありますか?」と聞くと、「土下座は100回はしてますよ」とか・・・

お客様のそんなお話を聞くと、ぼくは土下座したことはないから(笑)それぞれにいろんな体験をされていることを知りますし、その負担度はその人自身にとってはキツイことですけど、まわりの他の人にはその方々は優しく、柔らかくて。

苦労されている方ほど、優しいですし、柔らかく、トゲトゲがないなと感じます。いろんなハードルを超えていらっしゃる方だからこそ、優しさが深いですね。

ミヒロ:なるほど。苦労している人ほど優しい?

山ちゃん:優しいですね。
人の荷物が重く見えたときに、「自分の荷物と変えてくれ」と頼み、実は変えて持った荷物の方がズッシリと重かった・・・というような優しさを垣間見ることもあります。

人の生活は軽く見えがちで、本当は笑っていても、その裏には何があるのだろう?みたいに感じる方はたくさんいらっしゃいます。だから、ぼくの方がツアーで勉強になっていることが多々ある気がします。

若い方からお年寄りの方までがツアーにいらっしゃるので、コンビになると面白い現象が起きるんですよね。ほんと千差万別です。

何万人も見ているから、「この人にはこれを言ってはいけないな」とかもあるんですよね。それはもう体で覚えているというか・・・

3. 自分を出さない人は、相手も心を開かない

ミヒロ:今まで何万人ですか?

山ちゃん:2万人以上だと思います。

ミヒロ:その方々を見ていて感じる、人との関わり合いのコツとは何だと思いますか?

山ちゃん:そうですねぇ。自分を出さない人は、相手も心を開かない気がしますよね。大体、自慢話をしている人は10分で終わります。みんな聞いていない(笑)人は失敗談は聞きたいけれど、成功談ほど聞きたくないものはないんですよね。

ミヒロ:なるほどね!

山ちゃん:「こんな苦労しちゃったんだよね」みたいな話の方がいいですね。
「自分は良い所に住んでいて、孫は何人いて、ここに行った・・・」だと、話がつまんないです。

話は、失敗談の方が心に響くことがいっぱいあったりします。
話が上手いな、下手だな、というのはそこで選別し、こっちに振った方がいいなと考えたりもしますね。

ミヒロ:なるほどね。
ということは、失敗した方がいいんですね、人は?

山ちゃん:絶対!失敗した方がいい。
「失敗を恐れるな」ということを聞くことはあると思いますが、それより、成功を恐れちゃった方がいいんじゃないですかね?

ミヒロ:え?

山ちゃん:逆に「あ、ヤバい!成功してる」、「成功しちゃって、なんかあるんじゃないかな」と考えていた方がいいですよ。

失敗だとそれ以下はないですから。
「あぁ、また失敗した」と思ってる方が気楽ですし。
成功しようと思うのではなくて。

いい話がありまして・・・有名な将棋棋士の大山名人に、「どうやって勝ったらいいですか?」とインタビュアーの方が言ったんですよ。
名人は「一手でも遅く負ける方法を考えろ」と言ったそうです。

ミヒロ:どういうことですか?

山ちゃん:「勝とうと思うな、負けまいと思え」って言うんですね。
そうすると絶対に勝てる、人間は。
要するに、成功しようと思わないで、失敗しないようにしようと考えた方が成功率は高いということを本で読んだことがあります。

「あぁ、失敗しちゃった」は勉強だし、もう次の失敗はしない。
でも、成功、成功、成功していると、最後になんかあるんじゃないかな、と。
気持ちの持ちようだと思うんですけどね。

ミヒロ:失敗を恐れた方がいいというのは、あまりみんなは思っていないかもしれません。みんな成功しようと・・・

山ちゃん:(笑)成功ばかりしちゃっている方を恐れた方がいい。
失敗して「あ~よかった!失敗したよね」、「次は失敗するのはやめよう」の方がいい。風邪をひいた人の方が、元気な人より「次はこうしよう」と思うじゃないですか。

ミヒロ:うんうん。

山ちゃん:熱が出た人の方が、頭が痛いことが分かりますし、1回も熱が出たことのない人の方が危ないですよね。1回も悪くなったことがないから。

人間の心の抵抗力が出てくるから、絶対そっちのほうがいいと思いますね。
あと、楽な方、辛い方は、辛い方を選んだ方がいいです。

ミヒロ:それはどうしてですか?

山ちゃん:楽な方を選んじゃうと、それ以上にキツイものが見えなくなる。
ぼくもずっと、他のいろんな仕事をしてたんですけど、年に3回しか休みがなかったところがあったんですね。そのときに「とにかく休みたい、休みたい」と思ったりするんですけど、あれを体験しちゃうと週一の休みがパラダイスですよ。

ミヒロ:週一休みが(笑)

山ちゃん:「すごい!週に1回休めるんだ!」って(笑)
辛い方を選んだ方が、後が楽なような気がしますね。それ以上のものができるようになるから。
楽、楽、楽を選んじゃっていると、キツイことが本当にキツくなっちゃうから。

ミヒロ:なるほど。
人って、若いときの方がエネルギーがあったりするじゃないですか。
そのときに大変な方が、後から大変よりいいですね。

山ちゃん:そう思いますよ。
年取ってくるとつぶしがきかなくなるというか、徹夜もできなくなるし・・・
若いうちは何でもできるじゃないですか。
やれるうちにやっておいた方がいいと思いますし、動けなくなって「何処かに行きたい」と思っても行けないですし。

やれることはやれるうちにやっておいた方がいい。

 
▼インタビューは後半はこちら(明日更新)
好きなことをやっているかどうかの時間の多さが大事

 
山内 良和さんも登壇予定!

しつもんカンファレンス
2019年11月9日(土)10日(日)

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過去の関わり合い、培った・磨いたスキルが今の自分を後押しする

2019年9月10日

今ある環境から素直に学び、チャレンジし、理想の生き方や働き方の道なき道をつくってきた由依さん。

自身で感じた窮屈さや世の中の常識に適応していくのではなく、そう感じたからこそ、その先を目指すバイタリティは幼少期から培われたもの。

いただけるチャンスにひたむきにチャレンジし、関わり合いも大切にした結果、それらのすべてが自らを助け、磨き、スキルになることを実証。

場所や時間に縛られず、思考にもとらわれずに生きるライフスタイルが、次世代に夢を与え、輝く人も増やしていく!そんな上村由依さんのインタビューです!

インタビュー後半は、どんなことも選べる自由、選択肢を増やす生き方・働き方になるまでを詳しく、楽しく話してくれます。

上村 由依
itty selection Inc. CEO
https://www.ittyselection.com/

  
▼インタビューは前半はこちら
理想の生き方や働き方の道なき道をつくる上村由依さんインタビュー

1. NYから帰国後、目的を持って意図的に繋がりを作り始める

マツダミヒロ(以下、ミヒロ):NYでのPRのキャリアは、日本に来て役に立ちましたか?それとも役に立ちませんでしたか?

上村 由依(以下、由依ちゃん):ほとんど役に立たなかったですねぇ。全然違いました。NYでは下積みで、自分がメインで仕事をできる訳ではありませんでしたから。

帰って来てから勤めた会社は、人数が多い会社ではなかったことから、いきなりポンとプロジェクトを任せてもらえたり、自分がメインで、先輩がサポートしてくださる体制だったので、自分でやるようになりましたね。

ミヒロ:成長しますね?

由依ちゃん:はい、成長しました。

ミヒロ:そこから独立に至るまでには、どんなプロセスがあったんですか?

由依ちゃん:そこからは2年、そのPR会社で働かせてもらいました。勤めているときは大手の企業、クライアントさんがほとんどだったんですけど、わたしがやりかったのは、中小企業やフリーランス、クリエイターの方々のPR。
いいものを作っているけれど、発信の仕方、PRの仕方、お客様の集め方、ファンづくりが分からないという人たちのサポートだったんです。

PR会社って、大体月額5,60万がミニマムですよ、みたいなすごく高い世界なので、小さな企業や個人は払えないんです。それで「どうしたらいいかな?」と考えて、勤めていたときから「PRのことを少しでも発信して教えてあげよう」とFacebookで発信させてもらってたんですね。

そうしたら、周りのつながっていたフリーランスや経営者の方々から「うちも教えてほしい」というメッセージやコメントがすごくつくようになって、「会社でやるのだったら何十万をいただかなくてはいけないけれど、自分ひとりだけで生きていくのなら、それぞれに5万円、10万円ずついただいて、2,30万円は稼げるんじゃないかと独立が自分で腑に落ちたんです。

会社も忙しくて体調も崩したこともあり、辞めようということになって、フリーランスになりました。

ミヒロ:発信していたときに「教えて欲しい」と言った人たちは、どんな人たちなのか知りたいのですが、お友達だったのか、ただネットでつながった知らない人だったのか、どのような感じの人たちなんですか?

由依ちゃん:NYから帰ってきたとき、NYに行って得た成長ってものすごくあって、まるで違う人のようになっていたんです。ただの大学生だったのに、経営者の方々にいろいろ教えてもらえる環境で過ごしたことで、考え方も変わり、物事の捉え方も変わり、視野も広がり・・・

日本で、大学時代の友達に会うと戻ってしまうんじゃないかという気持ちもあり、話も合わないだろうと思ったので、当時の友達とは「会わない」って決めたんです。

それで、NYで知り合った方々に紹介してもらいました。
「自分は次にフリーランスになりたいから、フリーランスの人を紹介して」と頼んで会いに行ったりとか、仕事を定時に切り上げてフリーランスの方がいっぱいいるBARに行き、お友達になっていきました。

ミヒロ:意図的に繋がりを作っていったんですね?

由依ちゃん:そうなんです。ちょっと先にいる人から繋がりを作って。

ミヒロ:そこが大きな違いのような気がする。

由依ちゃん:大きな違いだと思います。

ミヒロ:それで、自分が得意なこと、できることを発信していったら、マッチしていたんですね?

由依ちゃん:そうですそうです。

2. 自分が培ってきたこと、実績、やってきたことが助けてくれた!

ミヒロ:PRの仕事の独立はスムーズだったんですか?

由依ちゃん:そうですね。「食べていけないんじゃないか?」みたいな不安はない状態でしたね。独立して、窮屈になんとか頑張っている経営者の方には罵声を浴びせられたりしたことはありましたげど(笑)

ミヒロ:邪魔されたり(笑)

由依ちゃん:そうですね。「そんなことで成功しない」と言われたこともありました・・・(笑)
わたしは他の人が独立するときみたいに、賭けで独立した訳じゃなく、「できる!」と思った状態になってから独立したので、スムーズな方だったと思います。

ミヒロ:それで進んでいき、他の会社とは違う経営の仕方、体制、環境だと思うのですが・・・

家がないんですよね?

由依ちゃん:家がないです(笑)

ミヒロ:最初は家があったんですか?

由依ちゃん:ありました、ありました。ずっと東京に住んでました。

ミヒロ:家をなくすキッカケは?

由依ちゃん:なくすキッカケが、「家を持たないようにしよう」と思った訳じゃないんです。

フリーランスで2年、その後法人にしたときが2016年の9月なんですけど、法人にしていたときに同棲していたんですよ。クルーズに行ったときは同棲していたんですけど、そのときの彼が出ていっちゃって、別れたんですね。

会社にしたばかりだし、仕事を頑張らなきゃというときで・・・しかも会社にしたということで、結構周りの反応が変わったりとか、陰口を言われるようになったりとか、それを何故か耳に入れてくる人とかもいたんですね。

そういうことが起こり、精神的にしんどくなったときに、彼氏まで出て行っちゃって・・・メンタル的にどんよりしまして。

だけど会社にもしたし、付いてきてくれる人たちもいたし、仕事頑張らなきゃというときで・・・このまま同棲していた家には、思い出が詰まりすぎて居れない・・・それで出て解約したんですが、東京でパッと出の社長に家を貸してくれるところなんてないんですよ、審査が厳しくて。

家を探す気力もない、仕事はいっぱいある・・・
とりあえず、ホテルに泊まろうと。

家を探す気力は湧かずに半年くらい過ぎた頃、帰る場所がいつも違うので仲の良い友だちにも感づかれました(笑)それで、仲の良い友だちだからとポロっと話したら、「でもホテル暮らしってすごく憧れている人多いんだよ」って言われたんです。「え?そうなの?なんで」と聞いたら「ホリエモンがしてるんだよ」と言われて。知らなかったんですけど(笑)

わたしはコソコソしていたんですよ。
彼と別れたこともツッコまれたくなかったし、落ちぶれたと思われたくない。でも「ホリエモンがやってるならいいや。堂々としちゃえ!」と思って、堂々とするようになりました。

ミヒロ:でもそれが続いたということは、そのスタイルを気に入り始めたんですか?

由依ちゃん:そうなんです。
陰口なども言われていたこともありまして、東京にいることが窮屈になり、リモートで仕事ができるとは思ってなかったんですけど・・・

いや!できるだろうとは分かっていたんですけど、どうやっていいのか分からなかったんですが、メンタルも持ち直したかったので、月に一週間ほど奈良に帰る生活を何ヶ月かしてみたんです。

奈良にいる間も仕事はできるし、オンラインでミーティングもできることが分かってきて、「東京にいなくてもいいわ」と思ったんですね。
それで「東京にいなくていいなら、ハワイに行ってみよう!」と思って、ハワイに3ヶ月くらい行きました。徐々に移動が広がって行きましたね。

ミヒロ:今もそのスタイルが続いているんですか?

由依ちゃん:続いてますね。もう2年半ぐらいだと思います。

ミヒロ:会社はあるけれど、場所にとらわれずに働いている感覚はありますか?

由依ちゃん:そうです。全然場所にとらわれてないです。
ハワイに来たとき、「3ヶ月もハワイに来てたら、さすがに東京の仕事はなくなるかもしれない」、「会社もつくったけれど、やめることになるかもしれない」と、覚悟も決めて来たんです。「最悪、しょうがないな」と。

でも、「帰ったときにサービスができるものを何か考えよう」と、「できることはハワイでやろう」と思っていたんです。

東京で疲れていたことなどが回復してきた頃、「こういう理由でハワイに来たんですよね」とFacebookで投稿したら・・・東京の友人たちも「そんなことがあったんだね」、「わたしは東京で待ってるよ」、みたいなコメントやメッセージをくれて、「ハワイに友達いるから紹介するよ」等と、励まされる機会がありまして・・・

ハワイでもつながり、今やっている仕事もできるんだと知ったら、自分が培ってきたこと、実績、やってきたことが助けてくれた!と思えました。

自分に専門スキルがなければ、一緒に仕事をすることにはならないので、ただただやみくもに苦労をしていたのではなくて、今までやってきたことが助けてくれたなぁ・・・と。

それに、NYで出会った人たちが、ハワイに友達がいる人があまりにも多かったんです。距離は遠いけれど、つながりが深い友人たちを紹介してくれ、いろいろ助けられたり、今までのことが自分を助けてくれたということが続きましたね。

ミヒロ:『過去の関わり合いがある人たち』と『過去に培った・磨いたスキル』というものが重要なんだね。

由依ちゃん:そうですね。それに助けられました。

ミヒロ:それがあればどこでも大丈夫?

由依ちゃん:あ!そう思いました!

3. 『証拠』が集まったら絶対できるようになる

由依ちゃん:日本に帰ってからも、東京に家を借りる気がなかったので、そして東京のホテルは高いので、いつまでもホテル暮らしをやってられないという気持ちもあり・・・

あまりにも高いときは友達の家に泊まったりしていたんですけど、「地方の方が安いよね!」と思い、それで地方に行くようになったんです。

福岡とか行ってみたらすごく好きになって、「由依ちゃんが行くなら、友達に紹介するよ」という連絡も、ものすごくいただくんですよ。それで福岡でも、沖縄でも紹介してもらったりしました。

ミヒロ:友達から紹介してもらって、そこからまた仕事につながったりするんですか?

由依ちゃん:そうなんですよ。

ミヒロ:最高だね(笑)

由依ちゃん:結局、今までやってきたことを引っさげてるんです。
別に荷物にもならず、自分の脳ミソを引っさげていけば仕事になるということに気づいて、何処に行っても友達もいっぱいできるし、何処に行っても仕事も増えていく。

逆に休める場所がなくなっていくんですけど(笑)

ミヒロ:わかる、わかる(笑)
自分で仕事をしていて、フリーランスの人でも、応援されている人でもいいんですが、「わたしはここから離れたら生きていけないんじゃないか」と思っている人たちにメッセージがあるとしたら、どんなことを伝えたいですか?

由依ちゃん:よく言っているのは、「証拠集めをしてください」です。
絶対に「できる」という証拠集めを。

今、本業があるというのは良い状態だと思っていて、わたしがやったようにFacebookで発信することからテストマーケティングみたいなことができるじゃないですか。「これは売れるのか、売れないのか」、みたいなことが分かってくるし、売れると思ったらそれは1個の証拠だし。

自由な働き方をしたいと言っても、それがどういうライフスタイルか分からなかったら絶対にできないんで、「そういう働き方をする人に出会ってください」と言っています。

少し先にいる人たちにたくさん会い、それは本を読むでもいいんですけど・・・
証拠が集まったら絶対できるようになるんで!

わたしは経営者として証拠を集めて、できるという確証を得ないとできないんですよ。意外とすごい行動派と思われてるんですけど、成功する可能性の低いものは絶対できなくて。「成功するかどうか分からないけどやってみる」というのは博打だと思うので。

たとえばハワイに来たときに、東京の仕事がなくなっていたとしても、自分ではPRという今後まだまだ日本で需要があるスキルを持っているので、帰国して就職してもいいと思ってたんですよ。

戻れる場所があり、その場所がすごく下がる場所じゃなく、ある程度自分が納得する場所があると分かっていたので、できたというところがあるんです。そういう確証を得てからやってほしいなと思います。

ミヒロ:なるほどね。証拠をたくさん集めるというのはいいね。
これからやりたいことはありますか?

由依ちゃん:これからやりたいこと?!

ミヒロ:取り組んでいきたいことでもいいです。

由依ちゃん:自分みたいなライフスタイルをおくれる人を増やすことが幸せだなと思いますね。

ミヒロ:何かに縛られず、とらわれず、生きていけたらいいよね、みんな。

由依ちゃん:そうですね。わたし自身は会社を手放してもいいと思っているし、友人たちに「うちの会社に来てよ!」と言われることも多く、窮屈な場所じゃないから、もちろん自分が力になるなら入ってもいいと思っています。

結局、自分がまた『好き勝手に生きたい』と思ったら好き勝手に生きれるという確証があるから、どれでも選べるってすごく自由だなって思うんですよね。だからその選択肢を持ってほしいなと思っています。次の世代の子に。

ミヒロ:いいね、そんな人がいっぱい増えたら。楽しみですね!

由依ちゃん:はい。

ミヒロ:ありがとうございます。

由依ちゃん:ありがとうございます。

 
▼インタビューは前半はこちら
理想の生き方や働き方の道なき道をつくる上村由依さんインタビュー

 
itty selection Inc. CEO
上村 由依さんも登壇予定!

しつもんカンファレンス
2019年11月9日(土)10日(日)

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理想の生き方や働き方の道なき道をつくる上村由依さんインタビュー

2019年9月9日

今ある環境から素直に学び、チャレンジし、理想の生き方や働き方の道なき道をつくってきた由依さん。

自身で感じた窮屈さや世の中の常識に適応していくのではなく、そう感じたからこそ、その先を目指すバイタリティは幼少期から培われたもの。

いただけるチャンスにひたむきにチャレンジし、関わり合いも大切にした結果、それらのすべてが自らを助け、磨き、スキルになることを実証。

場所や時間に縛られず、思考にもとらわれずに生きるライフスタイルが、次世代に夢を与え、輝く人も増やしていく!そんな上村由依さんのインタビューです!

上村 由依
itty selection Inc. CEO
https://www.ittyselection.com/

  

1.「 起こる物事には意味があるから、どういう意味か考えなさい」と言われた環境の中で

マツダミヒロ(以下、ミヒロ):由依ちゃんとの出会いはクルーズですよね?

上村 由依(以下、由依ちゃん):はい。バルセロナで財布を取られたクルーズ(笑)

ミヒロ:ぼくのクルーズセミナーに来ていただいて。

由依ちゃん:友達がミヒロさんのファンで申し込んで、ついていくという・・・

ミヒロ:せっかくのクルーズ旅が財布を取られてしまって、最初はどんな気持ちだったんですか?

由依ちゃん:ショックと言うより驚き・・・「お財布ないけどどうするの?」みたいな驚きですね(笑)

ミヒロ:悲しみはそんなにありませんでしたか?

由依ちゃん:悲しみはそんなにありませんでしたが、でも・・・驚き、衝撃。
NYに住んでいたので海外は慣れていて、絶対に大丈夫と思ってましたし、細心の注意を払っていたので「なんでだろう」っていう(笑)

ミヒロ:普通の旅行者の人だと、そこで落ち込みやすいのだけど、メンタリティーとしてはそういう感じにはならなかった?

由依ちゃん:でも30分くらいは落ち込みました(笑)
その後「悔しい!」でしたね。

ミヒロ:へぇ〜。
考え方のコツというか、どういうことを意識しているんですか?

由依ちゃん:そのときは「しょうがない」ですね。
「落ち込んでたらもったいない」というのと、不幸中の幸いが結構あったので。

パスポートはあった、とか、友人と一緒に行っていたから「カードは2枚あるから、貸してあげれるよ」とか、クルーズなので先に料金を払っていて船の中はほとんどのものが無料・・・ということもありましたし。

お財布を失くしたことで、ミヒロさんやWakanaさんとも仲良くなれました・・・仲良くなれたというか、お金を貸してもらえました(笑)、それがあったので他のメンバーからも「どうなの?お金すられたの?」という感じで仲良くなれました。

ミヒロ:今のお話を聞くと『どうしようもないことはただ受けとめるだけ』ということと、『良くないなということが起きても、その中で良いことは何かな?』って考えるんですね?

由依ちゃん:そうですね。あと、『自分にとってそうするべきことがあったから、これが起きるんだ』という風に思います。

ミヒロ:なるほど、なるほど。
そのように考えるようになったのはいつからですか?

由依ちゃん:結構小さいときからなんですけど・・・

ミヒロ:え?小さいときから???

由依ちゃん:本当に体現できるようになったのは、大人になってからですけど、小さなときからお母さんに「起こる物事には意味があるから、どういう意味か考えなさい」って言われて育ったんですよ。

ミヒロ:へぇ〜。そういう教育なんだ。いいね!

由依ちゃん:だからそれがずっと頭にあって、「なんでこれが起こった?もしかしたら反省すべきことがあるのかも」や「良いことにつながっているかもしれない」ということを考える癖はついています。

でもさすがに、「とは言え、なんでこんなことがわたしに起こらなきゃいけないんだ?」と思っていた時期も長いんですけど、大人になるにつれて、それが変わりました。

ミヒロ:小さいときからの考え方、お母さんたちから教えてもらったことが大きいんですね。

由依ちゃん:そうですね。そう言われてましたね。

ミヒロ:ちなみに、他にも母の教えは何かあります?

由依ちゃん:母の教えは・・・関西人に多いんですけど、「何でそれがやりたいのか?」「何で欲しいのか?」みたいなことを自分で考えなさい、と。
うちは特にそうだったんですけど。

「みんなと一緒」「あの子がやってるからしたい」「あの子が持ってるから欲しい」みたいなことは該当しないんです。
「そこに自分の意志はないのか?」みたいな(笑)
「よそはよそ、うちはうち」みたいなことは関西人に多いと思います。

ミヒロ:「なぜか?」という問いを、自分にする機会が結構あったんですね?

由依ちゃん:ありましたねー。それでプレゼンして。

ミヒロ:家で?

由依ちゃん:そうです(笑)
うちは結構、何でもやらせてくれて、何でも買ってくれたんですけど、『自分の言葉で表せれたら』買ってもらえるし、やってもらえるという家庭でしたね。

ミヒロ:自分の意見を持つとか、伝えるということも、小さい頃からやってきたことなんですね?

由依ちゃん:そうです。

ミヒロ:そのことと、NYに行ったことは関連があったりするんですか?

由依ちゃん:あると思います。わたしは奈良県で生まれ育ったんですけど、そういう家庭で育っているので、自分の意見は言うし、自信もある子だったんです。

そうすると小さい田舎だったので、先輩たちにイジメられたり、本当にどつかれたり、しばかれたりしてたんですけど・・・

ミヒロ:へー、理由は?

由依ちゃん:理由は生意気だから(笑)
親が、お友達の多い人だったんです。奈良県なんですけど、京都や大阪の友人がやって来る、その子どもも、お兄ちゃんやお姉ちゃんもいっぱいいる状態で育ちました。

大阪や京都の人はお洒落なので、髪を染めたり、いち早くルーズソックス履いたりして真似してたんで、奈良では目立って先輩に怒られたりしてましたね。

ミヒロ:なるほど。ちょっと窮屈に感じてたんですね。

由依ちゃん:すごく窮屈でした。
窮屈だったんで「どうしても奈良から出たい」と言って、私立の大阪の高校に行ったんです。

大阪の高校はイジメたりすることはなかったんですけど、校則が厳しかったんです。お嬢様が行くような学校だったので、髪は絶対染めてはダメ、メイクをしてはダメ、スカートの長さも決まっている・・・

当時の大阪はスカートが長いスケバンみたいなものが流行っていたので、普通は「スカートは長くしなさい」って言われるところを、わたし達は「短くしなさい」って言われていたんです(笑)

でも、それでも窮屈だと思うことが続いて、「もう少し広い世界を見たいな」と思って、東京の大学に行ったんです。

当時は、関西から東京の大学に推薦ってなかったんです。
関西にもいっぱい良い大学があるから、ほぼほぼまわりは関西の大学に行くんです。

だからわたしは、一般入試とセンター試験で東京の大学に行きました。
青学に行きたかったんですけど、すごく難しくて受からなかったんですよ。

それで第二志望の駒大に行ったんですけど、駒大は関西からの推薦がなかっただけで、推薦でみんな、エスカレーター式に勉強せずに来てる方がほとんどで、しかも渋谷から3駅、大学の裏には大きな公園もあるから、遊び倒していて(笑)

わたし一生懸命勉強して来たのに・・・大多数が流されるんですよ。
なのでわたしも遊んでたんですけど、「こんなために来たんじゃないけどなぁ」という気持ちが積み重なって、「だったら早く仕事したいな」と思って、大学を辞めることにしたんです。

中退して、アパレルの企業ワールドさんに入って、池袋の店舗で売ることからやってたんですけど、もうあと1年したら みんな就活してちゃんとした企業に入っていく・・・でもわたしは服を売ることで頑張ろう!と思い、入って3ヶ月目位から、個人売上1位を基本的にずっとキープしていました。

でも、出世は年功序列で。
「わたしが服を売っているのに、何も売っていないあの人が出世していく」みたいな(笑)

ミヒロ:なるほど。何かと窮屈だね(笑)

由依ちゃん:それで、「実力主義のところに行きたい!」、場所が池袋だったので、当時から外人さんのお客さんが多く、「日本の人には売れるけれど、英語を喋れないから海外から来る人には売れない。だから英語を喋りたい!」、それと「ファッションでいつまでも服を売っていてもしょうがないから専門スキルを身に付けたい!」、デザイナーかバイヤーになるのか・・・

この3つが揃うところと言ったらNYかな?と思って。

ミヒロ:そこで普通NYって思いつく?(笑)
何でNYがポンと出てきたんですか?

由依ちゃん:友人が何人かNYに行っていたから、ということもありますし、海外でファッションが学べると言ったら、NYかロンドンか、フランスくらいしか思い浮かばなくて。

でもフランスはフランス語だから論外で、英語をイギリスかNYかのどちらかで学ぼうか迷ったんですけど、ロンドンは旅行で行ったことがあったんですよ。
それで、そんなに自分にマッチしてなかったことを思い出して。

あと、「ヨーロッパにあるものは、NYには何でもあるよ」と誰かが言ってたんです。それでNYに行こうと思いました。

2. 手段ではなく、目的を目指そう!

ミヒロ:そのタイミングのときには、海外は何回か行ってたんですか?

由依ちゃん:何回か行ってました。

ミヒロ:ぼくが大学のときのNYは、なんかすごく遠い国みたいな・・・何故かと言うと、大学を出るまでずっと山形にいて、東京にもほとんど行ったことがなくて、海外にも行ったことがなかったんです。

ぼくにはすごく遠い世界だったんですけど、そのときのNYって由依ちゃんにとっては結構近いところでした?

由依ちゃん:うーん・・・でも、長期で海外に行くことはなかったんで、物理的にはそんなに遠いという気持ちはなかったんですけど、気持ち的にはすごく遠いし、寂しいなぁって思ってましたね。

本当に向こうに着いてから2ヶ月くらいは、毎日泣いてました。

ミヒロ:へぇ、そうなんだ!!!
何週間も泣いた経験というのは、それまではあったんですか?

由依ちゃん:あ、でも、東京に上京したときも寂しがりだったんで、大学1年生のときはピーピー泣きましたし、週末毎に関西に帰ってました。

ミヒロ:そう・・・
NYに行って、どんなことをしたんですか?

由依ちゃん:まずは語学学校に入ったんですよ。本当は半年の予定だったんですけど、実際2年ちょっといたんですけど。

半年間のホームステイを契約してたんですが、殺気立っているお婆ちゃんの家だったんです。英語も全然分からないときだったので、すごく怒られているのは分かるんですが、何を言われているのか分からないくてイヤで、1週間で辞めて・・・

ミヒロ:え?

由依ちゃん:絶えられなかったんですよ、本当に。
それで不動産屋を探して、ルームシェアをする人を探して、日本人と韓国人とインド人でシェアすることにしたんです。

語学学校は、ランク分けでクラスが決まるんですけど、わたしの英語レベルの教室に行ったら日本人が何人かいて、彼女たちに「NYにどれくらいいるの?」と聞いたら、半年とか1年って言っていて・・・

それを聞いて、半年〜1年でわたしと同じレベルなんだ、ここに居ても英語は伸びないぞと思って、早々に英語じゃなくて、もうまずファッションを始められるようにしようと思って。
あと数ヶ月しかないNY期間だからと動きましたね。

ミヒロ:そこがポイントのような気がして、目的と手段があったときに、みんな手段を目的にするんですね。今の話で言うと、ファッションを学びたい目的、そのためには英語という手段が必要、だから英語を学ぼうなんだけど、今の話だと本来の目的を目指そう!ってことですよね。

由依ちゃん:そうです。

3. 素直で、行動が早いのはすごく前進する要素

ミヒロ:そして、ファッションを学び始めた?

由依ちゃん:いろいろ探していたら、さすがにファッションでどうこうって見つからなくて、どうしよう・・・と思いまして。2,3ヶ月くらい経ったんですよ、語学学校だけに通っているだけの時間が。それで焦っていろいろ調べていたら、現地の日本人大学生向けに、マイナビさんが主催している就活セミナーを見つけたんです。

そこに行ってみて、200人くらい集まっていたんですけど、そこでスピーカーをしていた方がわたしの師匠なんですが、すごく面白くて、「こんなカッコイイおじさんに出会いたかったな」みたいな人だったので、講演が終わった後に彼を掴まえて、「こんなことをしにNYに来たんですけど、どうしたらいいですか?」と聞いたら、「ファッションの中でも、PRっていう仕事をしたらいいよ」と言って下さって。

PRって何か分からなかったんですけど、彼が言うからには面白い仕事なんだろうなと思って、帰ってネットで「ファッション PR」と検索して、50社くらいメールを送ったんです。

そうしたら1社、日本人の女性がやっているファッションのPRライターを探していて、誘ってもらえることになったんです。

ミヒロ:へぇ〜。素直なのと、行動が早いね。

由依ちゃん:行動早いです(笑)

ミヒロ:素直で、行動が早いのはすごく前進する要素なんだと思います。

由依ちゃん:そうですね。

ミヒロ:それで、その仕事をし始めたんですか?

由依ちゃん:そうなんです。

ミヒロ:NY滞在中は、PRをずっとやっていたんですか?

由依ちゃん:それと、めっちゃいっぱい仕事してたんです。
それがまず最初なんですけど、ファッション業界って狭いんで、PRと言ってもわたしがやりたいPRじゃなかったんですね。

結構、つながりだけがすべてだったりとか、誰が権力を持っているからどうのこうの・・・だったんで、違うことをやりたいなと思って、日本人のクリエイターさん達のPRを手伝わせてもらったりとか、現地の情報誌でライターをさせてもらったりとか、友達の不動産のマネジメントを手伝ったりとか、日本食屋さんでバイトしたりもしました・・・

ミヒロ:いろいろやる中の、これはやろう!とか、これはやらないとか、基準はあったんですか?

由依ちゃん:そのときは、いただけるチャンスは全部やろうと思ってました。
あとは、学校に行ってなかったんですけど、お金を払わないとキープができないので、3ヶ月に1回くらい20万円くらいを払うために稼がないといけないというのもありました。

半年分の貯金しか持ってきていなかったから・・・
結局2年いることになったので、そのときはお金が底をついてましたから。

両親に話してお金を送ってもらうことは簡単ですが、NYまで来たし、これは自立するために来てる訳だから「頼らない」と決めてものすごく働きました。

でも、全部楽しかったですよ。

ミヒロ:2年間は、そのような いろんなチャレンジをして終わったんですか?

由依ちゃん:そうですね、チャレンジしまくって。

ミヒロ:それで帰国したんですか?

由依ちゃん:ビザも5年出てたんで、3年くらい居れたんですけど、帰ってきた理由は、師匠とか日本人の経営者さんにすごくよくしてもらっていたんです。彼等は、日本人がビジネスできないところから切り開いてきてくださったので、すごくサポートしてくれるんですよ。

当時、22,3歳のわたしのまわりの男の子たちが向こうで起業していて、「もう会社持ってるよ」みたいな人がいたり、個人で働いている人もいっぱいいて、若いのにすごいなというのはあるんですけど、『先輩経営者さん達がサポートしてくれるからできてるんじゃないか』という考えがあって、わたしもこのまま乗っかっていたら、日本に帰ったときに自分は実力があるのか?と言われたら、ないんじゃないか、と思ったんです。

日本に帰って、また日本でのPRは違うからほぼゼロからのスタートになるときに、「まだわたし、日本でのPRがゼロなんで教えてください」といえる年齢のうちに帰ろうって思いました。

ミヒロ:それが何歳のとき?

由依ちゃん:24歳で帰りました。

ミヒロ:それは名残惜しかったですか?

由依ちゃん:名残惜しかったです!帰りの飛行機はずっと泣いてました。

ミヒロ:来るときも泣いて、帰りも泣いたんだ(笑)
でも、結構な決断ですね。そこにいたらうまくいきそうな気がするじゃないですか。

由依ちゃん:ですね。でも、実力じゃないからと思いましたね。

ミヒロ:その思いはどこからくるんですか?

由依ちゃん:多分、そのときから経営者になりたかったんですよ。
うちの親、男親族が経営者なんです。
お父さんも、お父さんのお父さんも、お母さんのお父さんも、お母さんの弟も。

それぞれお金は持っていて成功していたんですが、四者四様で、うまく成功しているなと思う人もいれば、うちのお父さんはお祖父ちゃんからの会社を引き継いだけれど、1回潰しちゃったりだとか、お母さんのお父さんは大成功したけれど、借金返せなくて自殺しちゃったりとか、いろんな経営者の形を見てきたので、自分はどこかで彼等の無念を晴らしたいという気持ちがありまして・・・

経営していることを楽しく感じられるような経営者になっていきたいなと言う気持ちが漠然とあったんです。それはどうしたらいいのか分からないんですけど、ちゃんと自分で実力をつけないとそこには行けないと思ってきました。

ミヒロ:経営者になりたかったから、そのチャレンジを自分の力で試したい?

由依ちゃん:はい。

 
▼インタビューは後半はこちら
過去の関わり合い、培った・磨いたスキルが今の自分を後押しする

 

itty selection Inc. CEO
上村 由依さんも登壇予定!

しつもんカンファレンス
2019年11月9日(土)10日(日)

Filed Under: 自分探し, 仕事, ライフスタイル, 旅 Tagged With: ライフスタイル, PR, NY, 証拠, 行動, 素直

2人にとって理想の答えを出すことにエネルギーをかけよう

2019年8月13日

パートナーシップにおいて
「2人の考え方が違うから、わたしたちはわかりあえない」
そんな結論を出すのではなく、

違うとしたら、このケースにおいては、
自分の考えを優先するのか、相手の考えを優先するのか、

2人の新たな考えを見つけ出すのか、
アプローチはいくつかあります。

お互いの考えが違うことにフォーカスするだけではなく、
違うことを認めたうえでどうあわせていくか、

お互いの考えが重なる部分をどうつくりあげていくかという
共同作業がとても大切になってきます。

相手を責めるのではなく、
2人にとって理想の答えを出すことにエネルギーをかけましょう。

1. 理想のライフスタイル

あなたの理想は
どんな生活だろう。

理想の1日、理想の1週間、理想の1年。
どこで、どのように暮らしたいのか。

何を大切に暮らしていきたいだろうか。
自分の理想が、相手の理想になるとは限らない。

それをすり合わせて、
2人の理想のライフスタイルを見つけてみよう。

魔法の質問
どんなライフスタイルが理想ですか?

2. お金のルール

お金について、2人のルールをつくっていこう。

使い方のルール、貯め方のルール、扱い方のルール。
そのルールに正解はない。

だからこそ、
2人が納得できるルールをつくろう。

ルールがないと、そのときどきで迷ってしまう。
ブレたり迷ったりしないためにも、
ルールを明確にしよう。

魔法の質問
2人のお金のルールは何ですか?

3. 相手が浮気をしたら

自分のことを好きでいてくれる。

もちろんそうであってほしいけれど、
相手が浮気をしてしまったら、
あなたはどんな反応をするだろう。

冷静ではいられないかもしれないけれど、
想像したくないかもしれないけれど、
どんな気持ちになるか
想像してみよう。

魔法の質問
相手が浮気をしたらどうしますか?

4. なぜ出逢ったの?

今は、当たり前のように一緒にいる2人。
では、2人は、なぜ出逢ったのだろう。

運命の出逢いだとしたら、
なぜそういう運命だったのか。

偶然ではなく必然だとしたら、
どんな意味があるのか。

出逢いに感謝しつつ、
その出逢いの理由を見つけ出そう。

魔法の質問
なぜ2人は出逢ったのですか?

5. 不安を共有する

不安なことからは
なるべく目をそらしたい。
楽しいことやしあわせなことに
目を向けたい。

そう思うかもしれないけれど、
不安に向き合い、どう乗り越えていくかを
話しあえているかが大切。

自分のマイナスな感情を
素直に言える関係をつくっていこう。

魔法の質問
これから2人で生きていくうえで、どんなことが不安ですか

*書籍の一部を無料でご覧いただけます。

Filed Under: 恋愛, ライフスタイル Tagged With: お金, 出逢い, 違い, 浮気, ライフスタイル, パートナーシップ

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プロフィール


マツダミヒロ

質問家。「魔法の質問」主宰。
時間と場所にとらわれないビジネススタイルで世界を旅するライフトラベラーでもある。 各国で「自分らしく生きる」講演・セミナー活動を行う。 著書は国内外で35冊を超え、年間300日は海外に滞在。

独自のメソッドの「魔法の質問」は世界各国に広がりインストラクターは5,000人を、 メルマガの読者は5万人を超える。 NHKでも取り上げられた「魔法の質問学校プロジェクト」では、ボランティアで世界各国の学校へ訪問。

『質問は人生を変える』(きずな出版)『賢人たちからの運命を変える質問』(かんき出版)ほか著書多数。
→著書をチェックする(Amazon)

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